一、永泉寺の古手狢(えいせんじのこてむじな)

倉賀野の町にも鉄道が敷設され、停車場さえ出来たその頃の事です。
   
 明治も初めの頃とて、今の様に田や畑があったわけでもなく、まだまだ荒地もあれば、所々には雑木林や森林までもありました。そしてこの荒地や雑木林は狐狸の住家となって、当時の人々に種々の話題を残しております。ちょうどこの頃のある夜の事です。

今、倉賀野駅を出発した下り列車が、永泉寺の裏にさしかった時、ふと前方にこれも倉賀野駅へ向かって同じ線路上を走って来る汽車があります。機関手さんは大変驚いて、大急ぎで停車致しました。そして、危険信号を発しましたが、もう目前に迫った汽車は物凄いと言うよりは、覆いかぶさる様な恐ろしさで進んで参りました。もうこれ迄と思った瞬間!まっしぐらに進んで来た筈の今迄の汽車は、何の跡形さえもなく、真っ暗闇の中には、かきむしる様に頭の毛を両手でしっかと掴んだまま、気を失って倒れていた機関手を見出したのでありました。
こんな事があってから、誰いうとなし、「あれは、永泉寺の古狢の仕業に相違ない。」「永泉寺古狢だ!永泉寺の古狢だ!」と、言われる様になりました。
それから後も時々汽車を止めたり坊さんになったりして人々を騒がせました。
これが段々と評判になって、町の人々も自然に夕方などの畑帰りが早くなったと言うことです。

 さてこの評判を知ってか知らないでか永泉寺狢は、暫く影も形も見せませんでしたが、しとしと雨の降る淋しい夜の事でした。高崎を発した上り列車が、今まさに倉賀野駅構内に差掛かろうとした折、文字通り漆黒な闇に一層黒く濃さを増して、火を吐く様な火を吐く様な燈火をてんじ、「ゴーッ、ゴーッ」と、音を立ててそれはそれはたとえ様のない物凄さでこちらへ向って来る列車がありました。あまり速いのと急なので、汽車を止める暇も何もありません。ただ夢中です。その瞬間両方の汽車は激しく衝突致しました。
 ところが何と意外な事でしょう。あれ程勢いよく、そして激しい衝突に何の振動さえも、何一つの衝撃さえ感じませんでした。ただその折、不思議な獣のなき声が聞こえたに過ぎませんでした。
汽車はそのまま何の事もなく倉賀野駅に入りました。
いったいどうした事なのでしょうか?

雨はまだ音もなく降り続いております。
さて其の夜も遅くなってから、町の仲程に
あるお医者様の雨戸近くに「こんばんは、こんばんは」と、起こすもの
があります。
お医者様は不思議に思って「この夜更けにいったいどなただろうなァ」と独言を言いながら、雨戸を開けてみると、そこには見た事もない一人の美しいお小僧さんが傘をさして、永泉寺とかかれた提燈を持ってしょんぼりと立っておりました。
 お医者様は「この夜更けに何の御用かの」と、尋ねました。お小僧は「実は和尚さんが先程火傷を致しましたので膏薬を頂きに参りました。」と、涙もこぼさんばかりに言うのでした。お医者様は、「それはそれはお気の毒な。」と言って直ぐ奥から膏薬を持って来て、よく傷の所に貼る様にと親切に教えて渡して下さいました。お小僧は「どうもすみません。すみません。」と、12回丁寧に頭を下げてから膏薬を受取って帰って行きました。お医者様も、その夜はそのまま床に入りました。
雨の夜も明けて次の朝、何気なしにお医者様は、昨夜の不思議なお小僧を思い出し、受取ったお金を見ますと、何と不思議やそれは全部樫の葉ではありませんか・・・・・・。
「昨夜戴いた時は、確かにお金だったのに。」愈々不思議になったお医者様は、これは永泉寺へ行って和尚さんに聞いて見るに限ると思い、直ぐ仕度して出掛けました。
 一切の話を聞いた和尚さんは「そんな事があったのですか。」と、さも驚いた様に聞き返しました。そして首をかしげながら「寺にはお小僧なんか一人も居りませんよ・・・・はあ~思い出しました、思い出しました。それはきっと古狢のいたずらかも知れませんね。この狢は随分古くからこの寺の裏穴にいてもう大分齢も取っているし、何にでも化けられるので町の人々は「古手狢」、「古手狢」と、言う様になりましたよ。」
   
 お医者様ははじめて謎が解けた様に、「はあ~なるほどね。」と、言って間もなく立帰りました。お医者様が帰った後で、和尚さんは小手狢の隠れている穴へ行ってみたら、古手はお医者様から頂いた膏薬を貝殻ごとぺたりとお尻へ貼付けて寝て居りました。

 今でも永泉寺の狢が汽車に化けたとか
 坊さんになって提灯を下げて居たとか
等、時折町の人々に噂されて居ります。
又一説に永泉寺の古手狢は白狐の誤りであるとも言われ、この白狐は今よりおよそ四百年程前にこの寺に来て、それより明治の初期まで約三百年もこの寺の境内にいたもので、ある時は火の玉となり、ある時は坊さんなどになって人を驚かし、汽車をとめたり夜道する人を迷わしたり、お医者様へ膏薬を貰いに行った事などもこの白狐であるということです。

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