九、狢に取りつかれた話(むじなにとりつかれたはなし)

昔から狐や狢が、よく人にのりうつったとか、彼の人にはおさきがついているのだ等、面白いというか、不可思議というか、全く
半信半疑の言い伝えが、世の中には随分あります。

 この永泉寺にも、これに似た話があります。否話どころか、とうとうそれが為に命をとられたのだそうです。
 「永泉寺の古手狢」の伝説は余程遠い所まで知られている様ですが、この話もやはりこの頃の事だったのでしょうか?

 今こそ寺の附近は立派な田や畑ですが、その時分は、どうしてどうして土手もこんな訳のものではなかったそうです。寺の前から西北にかけて、一丈も二丈にも及ぶ大規模な土手が廻されてあって、しかも不気味な藪、雑草で覆われていたとの事です。子供は近寄ることを恐れたし、大人でさえ心よく思われなかったらしい。従ってこれを乗り越える時などは土手が高いというよりは薄気味悪いという方が先だった。

 この様な境内であったから、狐、狢の住場所にはもって来いという所でした。沢山の狐や狢が毎日の様に庭先で遊んでいたり、付近の藪で鳴いたりしていたそうです。こうした獣が沢山いることを知らない訳でも無かったのでしょうが、小春日和の午後のこと、和尚さんは付近の藪で自然薯を掘ろうと鍬を肩にして出掛けました。しばらくして一本の太いツルを見付けました。そしてしきりに鍬を打ち込んでいったのです。
ところが、今掘っている和尚さんの鍬先には、狢の住んでいる穴があったのでした。

自然薯を掘ることに一生懸命な和尚さんはそこにあった狢の巣などは少しも気に留めませんでした。とうとう狢の巣はすっかり取り
潰されてしまいました。
 和尚さんは、ようやくのこと掘り取った芋を持って帰って来ましたが、どことなし元気が無かったそうです。
 「これはおかしい少し変だぞ。」と、言ったまま、ごろりと横になってしまいました。それからというものは床に就きっきりで一度も起きません。時々訳もわからないうわ言をいったり、不思議な食物を欲しがったりも致します。皆は不審がりましたが、どうしたのか誰にも分りませんでした。

 それから間もなくのこと、付き添う人々の熱心な手当ての甲斐もなくとうとう和尚さんはこの世を去って行かれました。
 病気らしい病気ともいえないのに、おかしいことがあったものだと、不審は増すばかりでした。余り不思議な事なので、和尚さんが掘って行った薮へ行って見ることにしました。
 そこには狢のいた穴があったが、自然薯を掘る為にすっかり穴や巣が潰されたり、壊されたりいることが分りました。これを見た人々は「あ、そうか、やっぱり狢の祟りかなぁ、うっかりの事は出来ないものだ」と、今始めての様に嘆息したという事です。