二十一、水難よけの柄杓(すいなんよけのひしゃく)

佐野から烏川が倉賀野の方へ回り込むところを萬福寺と言います。その萬福寺には昔大きな寺がありました。その寺の名がいつか土地の名となったのでしょう。その萬福寺の下は烏川の水が曲り込んでとうとうと流れ、それがまた深く淀んで物凄い底知れぬ青さを湛えていました。

 ここを通りかかる船は時々その波にのまれて沈みました。ところがこの船が沈むについては不思議な事がありました。
 ちょうど船がこの寺の下へ差しかかると、どこからともなくボシャンボシャンという音がして来ます。
 その中からぬぅっと、大きな手が出ます。そして不気味な声を出して「ひしゃくをくれ、ひしゃくをくれ」と言います。そして船頭が柄杓を与えると、それを受取るやすっと水の中へ姿を消してしまいます。
 やがて船が深く淀んだ渕に差しかかると、またしてもどこからともなくボシャンボシャンと水音がして、遂には船をものんでしまいます。柄杓をあたえない時には大きな手で船端を持って船を覆してしまいます。
 こうした事件が次から次へと起りましたので船頭達は魔の淵と呼んでそこを通るのを避けました。するとある時、大変物好きな人がおりました。

「よしよし自分が一度うまくそこを通って見せよう」と一つの柄杓を用意して底を抜き身支度も甲斐甲斐しく出掛けました。
 船が渕にかかると、果して「おういおうい」と、呼ぶ者がありました。振り返って見ると大きな手が水の上にぬうっと出ています。そして「ひしゃくをくれ、ひしゃくをくれ」と、薄気味悪い声が聞えるではありませんか。身の毛もよだつ程の恐ろしさをこらえて、かねて用意の底抜け柄杓を与えました。大きな手はすぅっと、なくなりました。
 
 やがて船が渕にかかると果して「ボシャンボシャン。」と、言う音が聞えて来ましたが、不思議なことにただ飛沫が飛ぶだけでした。船は無事に渕を通る事が出来ました。安否如何にと噂とりどりに待ち構えていた人々は、今無事に帰って来たのを見て非常に驚きました。
 その後、この渕を通る人は必ず底抜け柄杓を持ってゆき渕へなげ込む様になったのです。